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打球の行方

作者: 西禄屋斗
掲載日:2018/08/13

 球場(スタジアム)のボルテージは最高潮だった。


 両チームそれぞれ10安打以上という乱打戦になり、現在スコアは8ー7の1点差。


 このまま試合終了(ゲームセット)になれば、いわゆる “ルーズヴェルト・ゲーム” ということになるが、この日最大の山場(クライマック)は最終回(ラストイニング)に待っていた。


 九回裏、二死(ツーアウト)満塁(フルベース)。二塁走者(セカンドランナー)が本塁(ホームベース)を踏めば、逆転サヨナラという場面――


 しかも右 打 席 (バッターボックス)には、2打席連続の本塁打(ホームラン)を放っている四番打者(バッター)がこれから立とうとしているところだ。


 自分の守備位置(ポジション)で守りにつきながら、オレは球場(スタジアム)の臨場感をたっぷりと味わっていた。


 やっぱり、グラウンドはいい。選手の緊迫感が直(じか)に伝わって来る。


 オレはグラウンドの土をスパイクで少し掘ると、グラブを叩いて気合を入れ、自分のところへボールが飛んで来たときに備えた。


 今日はどういうわけか知らないが、オレのところに一度もボールが飛んで来ていない。


 ――そんなことってあるか?


 せっかく、こうして守っているのだから、一球くらいさばきたいものだ。


 もちろん、マウンドの投手(ピッチャー)は相手の四番打者(バッター)を三振(ストラックアウト)に仕留め、このまま逃げ切りたいだろう。あと一人というところで連続四球(フォアボール)を出し、自らピンチを招いたのだから。


 さあ、プレー再開だ。


 第一球。


 大きく曲がったスライダーが外角(アウトコース)を外れ、まず1ボール。


 第二球。


 同じく外角(アウトコース)へ、今度は直球(ストレート)。打者(バッター)は一瞬、反応しかけたが見送った。しかし、判定(ジャッジ)はギリギリのストライク。


 第三球。


 外角(アウトコース)を狙ったボールがワンバウンドになり、慌てて捕手(キャッチャー)が身体で止めた。


 危ない、危ない。ボールを後ろに逸らしていたら、三塁走者(サードランナー)が生還(ホームイン)していただろう。そうなれば同点だ。


 肝を冷やした投手(ピッチャー)は帽子を取り、額の汗をアンダーシャツで拭う。


 ボール先行の苦しい投球(ピッチング)に、捕手(キャッチャー)は一旦、タイムを取り、マウンドに駆け寄った。ミットで口許を隠し、少し顔が青ざめた投手(ピッチャー)に何かアドバイスする。


 どうせ、言っていることは大したことじゃない。思い切り腕を振れとか、スクイズはないんだから打者(バッター)に集中しろとか、そんなことだ。


 それよりも重要なのは、こうして間を取ることである。オレが見ても、いいタイミングでのタイムだったと思う。


 捕手(キャッチャー)の言葉に、二度、三度とうなずいた投手(ピッチャー)は足でマウンドを均(なら)した。捕手(キャッチャー)が小走りで戻って行く。


 ピンチであることに変わりはない。果たして投手(ピッチャー)は気持ちを入れ替えられただろうか。


 第四球。


 投手(ピッチャー)が投じたのは、ほぼド真ん中。


 打者(バッター)は踏み込み、フルスイングする。しかし、ボールは打者(バッター)の手前で落ち、その上をバットが通過した。フォークボールだ。


 相手打者(バッター)は空振りを喫した。


 ふぅ、これで 2-2 (ツー・エンド・ツー)。とりあえず追い込めた。


 それにしても今のは危ない球だったと思う。フォークボールにしては高さが中途半端だったし、落ち方も今イチ。空振りが取れたのは、相手打者(バッター)が気負ってくれたお蔭だろう。もう一度、今のと同じ球を投げたら、スタンドまで運ばれる。


 勝負となる第五球。


 ところが、スライダーはまたも外角(アウトコース)に大きく外れ、明らかなボール球になってしまった。打者(バッター)は楽々と見送っている。打たれたくないという投手(ピッチャー)心理が多分に影響しているのだろう。


 とにかく、このスライダーは完全に見切られている。もう使えそうにない。


 フルカウントだ。


 ――次はどうする? 次は?


 いつの間にか、「ボールよ、飛んで来い」なんていうことも忘れ、完全にオレはこの勝負に見入ってしまっていた。


 捕手(キャッチャー)がサインを出した。投手(ピッチャー)がうなずく。そして、ノーワインドアップで六球目を投じた。


 バッテリーが選択したのは、相手打者(バッター)の意表を突くチェンジアップだった。速球系を待っていたであろう打者(バッター)はややタイミングを外される。しかし、体勢(フォーム)を少し崩しながらも、そこを何とか堪えた。


 乾いた打球音とともに、白球が夜空に舞い上がる。


 カクテル光線がきらめくレフトポール際への大飛球――オレは口をポカンと開けて、空を見上げた。


 このとき、風はライトからレフト方向へ――野球(ベースボール)の神様は、まだ試合終了(ゲームセット)にしたくなかったらしい。


 高々と上がった打球はポールの直前で大きく左に切れ、それを見送った三塁塁審が両手を万歳のように挙げる。ファウルだ。


 スタンドの客からは、ため息とも悲鳴ともつかぬ声があがった。本塁打(ホームラン)かと思わず立ち上がっていたファンが、残念そうにレフトポールを見つめる。


 惜しくもサヨナラ本塁打(ホームラン)を逃した打者(バッター)は、一度、打席(バッターボックス)を外し、入念なスイングのチェックを行った。


 一方、命拾いをしたバッテリーは、多分、この打者(バッター)を抑える自信を失くしたのではないだろうか。今、追い詰められているのはバッテリーの方だった。


 ――さて、決め球(ウイニングショット)をどうするか。


 得意のスライダーは決まらず、裏をかいたチェンジアップも通用しない。もう一度、フォークを投げるという選択肢もあるが、この満塁(フルベース)の状況ではワイルドピッチやパスボールになる危険性もある。


 九回裏、二死満塁(ツーアウトフルベース)で、しかも3ボール・2ストライクのフルカウント――選手も観客も痺れる場面が続く。


 運命の七球目。


 バッテリーが選択したのは、内角低め(インロー)への直球(ストレート)だった。オレのいる守備位置(ポジション)から見ても、申し分ない高さとコース――


 だが、打者(バッター)の反応は鋭かった。


 カキィィィン!


 打ち返された打球はオレの真正面に飛んで来た。


 ――えっ、この場面でかよ!?


 打球はあまりにも痛烈だった。


 オレはグラブを差し出しもせず、グラウンドに倒れ込むようにして避けるのが精一杯。


 火の出るような打球は、オレの後ろにあったフェンスに当たって跳ね返ると、外野に転がった。


 オレは腹這いのまま、直撃しそうになったボールの行方を目で追う。


 ――あー、危なかった。


 肝を冷やしたオレは、ユニフォームについた泥を払いながら立ち上がった。


 多分、そのときオレは、球場(スタジアム)中の注目を集めたに違いない。


 カッコ悪いところを見せてしまい、オレは顔を隠すように帽子を目深に被り直した。せっかく地上波の全国テレビ中継もある晴れの舞台だったのに。


「おーい、大丈夫か、兄ちゃん? そないなこっちゃ、プロになれへんぞ!」


 スタンドから飛んだ一人のオッサンの野次が、ボールボーイのオレへ届いた。

 ……ルビだらけでスミマセン。

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